記憶遺産

遠い記憶の中に潮騒が聞こえる箇所がある。思い立てばゴム草履をはいて小学校となみトタンでできたバラックの集落の間の小道を抜ければ直ぐ浜に出られるのだが、実際にはバラックの集落がある所為で、勝手に海へ出かけることは禁じられていたので海の存在は遠かった。
潮干狩りで捕れたバケツ一杯の浅蜊はよく太った大粒で、浅蜊尽くしの夕食は賑やかで楽しく旨かった。
その独特の地形を思い出そうとすると、付随する記憶がまだまだあってそれをとばすのに苦労する。
小さな崖の半島というには小さすぎる海に突き出た大きな岩場。岩場と岩場の間をなだらかな砂浜が繋ぐ。干潮の差が大きくて景観の差異が素晴らしかった。


半島ともいえない、虫垂のような小さな岩場に平屋で屋根だけしか見えない小さな旅館があって、その屋根だって葉の落ちた季節に僅かに望めるだけだった。市電通りに小さな看板がなければそれと知れない。
獣道を少し広げたような粘土質の細道をたどってその建物を目指してみると、昼日中でも薄暗い小笹のトンネルがある。それは先に行って急なカーブを取り、さらに暗く夜へと続くように見える。

このしつらえは物見高い愚民、ちょろちょろとうるさい子供の類を拒絶するバリヤで、そのことは痛いほど感じはしたが、子供は闇へと続くカーブの先を見極めておきたかった。
質素な背の低い木戸があって、先は普通の民家であった。であったが子供はどうしても想像するのが難しかったおとぎ話の魔法の世界のイメージを手に入れたように思った。

その旅館は山本周五郎が常宿としていて亡くなったのもそこでだったと聞く。先だって古本屋の百円箱で短編集を見つけたので読んでみた。
祖母が時々散歩中のこの御仁に往き合っていたようで、着物の着崩れた様を褒めたりして嬉しそうにしていた。
嫌みのない極上の大衆小説とはこおいうのなのだな。とおもった