思索中

元々怪談は好きでない。怖がりだから。
怨念とか情念とか、恨みつらみで悪鬼化するのは生きている人間であって死者じゃない。死の境界を越えた魂はそういったことからは解放されている。死してから後も生者を祟るというのでは死者はそれこそ浮かばれない心地だろう(生きていれば)。それどころじゃないのよきみたち。って次元にいるのではないか。
例えば水は、固体・液体・気体と形状を変えたにしても宇宙に出て行ったって話は聞かない。霊魂というのも同じなのではないだろうか。無になるとは思っていないが、形は変える。ただどういったシステムがそこにあるのかはわからないから想像に自由がある。また死生観をいうのにも宗教から解放された自由があって、面白いと思うのだ。
背筋を走る寒さで涼を取ろうという怪談話の涼の対象とは死者を通しての現世の恐怖であり、猫の目を通して語られる世間と似た構造を持つものなのではないだろうか。。ムルとか吾輩とか