読書の秋 照準は。。

加藤智満子(1930-2003)昭和5年4月1日ー平成15年1月23日 72歳 兵庫県神戸市灘区大石字長峰山・長峰山霊園
須賀敦子(1929-1998)昭和4年2月1日ー平成10年3月20日 69歳 (マリアアンナ須賀敦子) 兵庫県西宮市・甲山墓園
初めに何がきっかけで須賀に目をとめることになったかというと、「ユルスナールの靴」というマルグリット・ユルスナールの名前を配した著書だった。東方奇譚のハドリアヌス回想の。。。
この経歴の異常接近差には驚く。やっぱり多田智満子さんに行かしていただきます。取り敢えずアマゾンで
魂の形について―エッセイの小径 (白水Uブックス)を注文してみた。


加藤智満子(1930-2003)昭和5年4月1日ー平成15年1月23日 72歳 兵庫県神戸市灘区大石字長峰山・長峰山霊園


葉が枯れて落ちるように人は死ねないものか すぎてゆく季節のままに

時間は絶えず問いかけ空間は答えをくりひろげてやまぬそのこたえはしかし星と風のもの森と獣と湖のもの自然の意匠は人間を容れないものか

蒼空に顔を映してわたしは立つ古拙的の仏像のように生れつきの微笑をうかべて

かつてわたしがさからったことがあるかかつてわたしの失わなかったものがあるかそしてかつてわたしが不幸であったことがあるか

わたしの瞳に魚が沈むわたしはおもむろに悟りはじめるわたしがしあわせな白痴であることを

腕よ樹の枝になれ髪よ木の葉になれわたしは自然の序列に還ろう

わたしの肋骨の隙間に秋の風よ ふけ
(葉が枯れて落ちるように)
その日、神戸の空に鮮やかな冬の虹が立った。束の間、四方を輝かした虹は青白い光りをうっすらと残して怜悧な風をゆるめた。平成15年1月23日午前8時58分、肝不全のため閨秀詩人・多田智満子は逝った。「魂よおまえの世界には/二つしか色がない/底のない空の青さと/欲望を葬る新しい墓の白さ」、自らの挽歌を携えて。樹の枝になり、木の葉になり、自然の序列に還っていく彼女の後ろ姿、ゆらめく風の旅立ち。――「草の背を乗り継ぐ風の行方かな」

矢川澄子は自殺する直前に癌で闘病中の智満子を見舞った。見舞ったはずの本人が先に死ぬという乱調を配して。病臥の中で智満子は追悼する。「最後に吐き出して、それが浄化、本当の意味のカタルシスになって、澄んだ状態になって成仏してくれたら」と「来む春は墓遊びせむ花の蔭」の句を贈るのだが、その半年後、彼女もまた花の蔭に横たわることとなる。紀伊半島が遠くに霞み、神戸港は眼下に、遮るものとてない六甲山系長峰山の高園、この霊園に夫加藤信行に並んで多田智満子の墓碑銘、傍らに「めまいして墜落しそうな深い井戸―/あの蒼天から汲みなさい 女よ/あなたのかかえた土の甕を/天の瑠璃で満たしなさい」と「甕」の碑が。花はもう散ってしまったけれど、うぐいすが啼き、緑陰の濃さを増した葉陰で「墓遊び」に興じる澄子と智満子。その面影を追って私は黙祷する。
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