坂の多い街

今あるところと希望の地を繋ぐのが道であろう。それに傾斜がついていれば坂道である。丘の上に目的の場所があれば道を登ってゆかねばならないし、沢とか海辺のようなところへは下ってゆかねばならない。下り坂、上り坂というのは人の望みが作るものということもできるのではないだろうか。
ここに架空の街がある。尾道とか横浜、あるいはイタリアの城塞都市みたいな群落を想像していただけたらいい。この街では神社が男坂女坂を持つように、傾斜が急でも短距離に丘の上を目指せる坂と、距離はあっても傾斜が緩い坂が二通りあって、住民は自分の都合に合わせて使い分けていた。例えば、丘の上の学校まで、寝坊した子は胸突き坂を息を切らして駆け上がる、みたいな。
一年から六年生まで三十人にも満たぬ学校の休み時間に、年嵩のが幼児を脱したばかりのような下級の子供に謎々を出した。自分たちも経験のある、伝統的なやつだ。
「この街には上り坂と下り坂どっちが多い?」生きのいいのが「そんなの決まってらい。同じだよ!」というと、意味深な目つきで大きいのが答える。「違うんだな、それが。下り坂のが少し多いんだ。」「上がってゆく坂はお山の頂でしまいだけど、その下り坂は何処までも降りてゆくだけなんだよ。」
それはね、決まったところにはなくって、いつもの坂のように見えたりもする。昔、僕は学校の行きがけにおじいちゃんと行き違ったことがある。その日は寝坊して急いでいたものだから声をかけなかったのだけれど、学校から帰るとみんなが泣いていて、朝、東京のおじいちゃんが死んだことを知ったんだ。
それからしばらくの間、小さい子らは坂道の捜索に走り回った。そして、坂を下る人をひそかに観察をしたりしていたが、程なくして、下りをゆく人に対して、決して声をかけなくなった。子供らは街の暗黙の掟を一つ知ったのである。